今更かもしれない「見えないものは分からない」ことについて一言

      2016/05/11

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※過去ブログより転載、加筆修正※

「見えないものは分からない」とは

「実を言うと世間って結局誰と誰のことを指すのかわかんなくて。意味は知ってるんですけど、実体がないものだから。」
「なるほど。わからないものは恨みようがないですよね。」

以上は、『自閉っ子、こういう風にできてます!(ニキリンコ×藤家寛子 花風社[2004])』からの引用です。

発達障害者の全員がそうということではないと思いますが、「見えないものは分からない」という考え方があります。
これは私自身もそうで、見える形になっていないと、分からないものはどうしても理解出来ないことが多いです。
最近やっと分かってきたこともある位ですので。

その為に苦労した経験も、当然ながら辛い思いをしたことも沢山ありました。
常識が分からない、暗黙の了解が読めないというのは、結局のところここに帰結するのだと思われます。

逆に言えば、見えないものは分からないので、愛情もそうなのですが悪意も分からない、という人も多々いるようです。
現状への不満や納得出来ないことに怒りを覚え、それを向けてくることはあっても、誰かを貶めようと
意図的に考える発達障害者はそう沢山はいないのだと思います。
勿論理解力が高くて、誰かに向かって意図的に悪意を向ける発達障害者も居るかもしれませんが。
何分定型と言える一つの決まった形がないモノだもんで。
唯、それでも恨みを持ってるように見える行動も、実は単に理解出来ない現状への不満が攻撃に転じているだけのことも多いみたいです。

実は「聞く」行為は思った以上に難しい

ではどうやってこれらを理解するかというと、それは文字だったり人の言葉だったりするんですよね。
唯、その言葉を「聞く」「理解する」能力に問題がある。
結果どうなるかというと、間違った形での理解や、聞いた言葉を重く受け止め過ぎてしまい八方塞がりになるという訳です。
そもそも「聞く」というのは「よく分からないものを理解する」という意味合いがあると以前耳に挟んだこともある位で、誰もが難しいことだと思うんです。

私達の場合、普通の人でも難しいことにプラスして余計に難しいのだ、ということですね。
その為、言葉にすると「殺す」とか「死にたい」になって出てくるけれど、実際は「苦しい」「誰か助けてくれ」というメッセージだったりするということもあります。
今の状態に居ることが単純に苦痛、だから消えてなくなりたいという意味合いもあるかもしれません。

発達障害の人の話にはゆっくり付き合ってあげて下さい

ですが私は、家族に愛され、自分は家族の一員であるという事を理解出来ました(行き着くまでには色々ありましたが…)。
家族も私という存在を理解してくれ始めている部分も多いです。
理解出来ない訳ではないのです、唯その方法に少しばかり手間がかかるだけで。
少しだけゆっくり、時間をかけて話に付き合ってくれたら、きっと理解のきっかけを作ることが出来るんじゃないかと私は思っています。

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