何が一般大衆へのマイノリティの理解を拒むのか-ステレオタイプ-

      2016/04/25

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※過去ブログより転載、加筆修正※

この文章を執筆時に知り合った友人との会話から、個人的に考察してみた事をまとめてみました。

ある少数派の方との会話から

友人ことA氏は、性的少数派の方でした。
A氏の場合は性的嗜好としての少数派だったのですが(私はその手の事は特に気にしないのですが)、
この方の「趣味」についての話を聞いていると、如何に私の知っている関連知識が浅かったかを知らされます。
そんな会話の中で、ふとある事に気付きました。

「一般大衆に少数派のイメージが伝わりにくいのは、もしかしてここに原因があるのでは?」

と。

A氏は
「自分のこれはあくまでも趣味の一つであるのだが、なかなかその辺りが伝わりにくいらしい」
とある会話の中で仰られており、なるほど性的な物が関わると理解されにくいのかもしれない、とその時は思いました。
そ うではなく実際は、「A氏の趣味のイメージ=大衆的に引いてしまうハードな趣味のイメージ」なのではと思案していて思いました。
私も上記のイメージがあっ たのですが、話しているとこの方の趣味としている嗜好は意外と奥深い物であり、
マナーやルールなどもしっかりと設けられているのだと知りました。

私は社会的少数派の人間である訳ですが、状況で言えばA氏と類似した部分が多いです。
自分の詳細を周囲に理解してもらい、各々のルールの中で擦り合わせて、手を取り合うことがどうしても出来にくい。
この点に置いて、違いはないのではと思います。
その原因が「少数派の過激なイメージ」だと思うのです。

少数派の過激なイメージ=ステレオタイプになる

例えば発達障害であれば、成人、小児問わず「発達障害で周囲にトラブルを起こしている時のイメージ」が一般には強く残ります。
そのイメージを持ったまま、「発達障害だが周囲にトラブルを起こさず過ごしている方」に接したらどうなるでしょうか?
やはり、最初に抱いたイメージを「=発達障害のイメージ」と認識して接してしまう部分が多いのではないでしょうか?
この「トラブルを起こしている時のイメージ」が「少数派の過激なイメージ」という事です。

過激、というのは適切ではないかもしれません。
もっと正確に言うなら、恐らく「一番印象に残る人、事象のイメージ」です。

性癖であれば、コメディ番組などで過度に誇張されたイメージが、これになるでしょう。
最初に大袈裟なイメージを「=少数派のイメージ」と認識してしまうと、より深い理解に繋げられなくなります。
私は幸い知識を新たに手に入れる事、他者への理解に抵抗がなかった為に、S氏と会話し、自分の知識が浅はかであったと知ることが出来ました。
ですが、それまで持っていた印象で「怖い」「関わりたくない」と思っていたらどうでしょうか?
私はその時点で趣味についての対話などしなかったでしょう。

つまるところ、少数派への大衆側の理解を阻む原因の一端として
「誇張されたイメージ」「大袈裟なイメージ」を持って接してしまう事にあるのではないかと考える次第です。

そういったイメージを持ちつつも、「お互いを一人の個人」として接すれば、理解が深まり偏見的なイメージは自然と瓦解する筈です。
少数派と大衆の対話が少しずつでも行われれば、少数派にも生きやすい世界が出来るのではないか、と思う次第です。

 

追記

A氏の詳細については省きましたが、この方は一人の個人としてもとても話しやすく、私にとっては良き友人です。
願わくば、A氏との継続した交流を続けていきたいと思っている今日この頃です。

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