「努力すること」の功罪を論じたい-正しい努力の仕方って何?-

      2016/04/25

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※過去ブログから転載、加筆修正※

注意:これは発達障害当事者の目線で描かれているものなので、他の方々からすれば別の意見があるかもしれない
という事をご留意いただきたい

「努力すれば望みは叶う」って本当?

世間では「努力すれば望みは叶う」とよく言われているのだが、私個人としては「努力しても望みは叶わない事がある」と

もっと伝えるべきではないかと感じる次第です。
テレビ朝日系列の番組『Go! プリンセスプリキュア!』を見ているとそれを痛感する事がありました。

この話は「努力を重ねて憧れのプリンセスになる少女の話」なのですが、一見私の主張と正反対の事を言っているように見えて、
実際は同じことを言っている気がしてならないの、と思っていたのです。
先に弁明だけさせてもらうと、私は努力することを無駄とは思いません。唯そのやり方を考えるべきだ、と主張したいのです。

まず私が言っている努力というのは、よく親や教師に言われる「努力すれば出来るようになるわよ!」という不明瞭な主張です。
これらは具体性に欠け、「何をどのように」努力すればいいか、という重要な部分の説明を放棄しているように思えます。
というより、しなくても分かる事をしろ、と言っている訳ですよね。
この言葉の真意は「周囲と同じように出来るようになれ」と受け止められます。
理解できれば程々のレベルで同じように振る舞える人間の方が多いとは思いますが、それが出来ない私のような人間には拷問と同じになってしまうんです。

どれだけ頑張って取り組んでも周囲からは努力の見えない苦悩

何せ明瞭な正解が存在しない上に、我々からすれば、普通の人間が苦もなくできる事すら簡単には出来ない訳です。
結果として、発達障害持ちが同じことをしようとすれば、それはオーバーワークになりかねない、という事の多いこと。
恐ろしいのは、そこまでしても「努力していない」と言われる事なんです。
こう言われたら、我々は「ここまでやるのが普通のレベルだから、いつもこうしないといけないんだ」と思う訳で、
結果として心身のバランスを崩したり、環境次第では犯罪に走るほど追い詰められてしまうんです。

本来の努力とは自分の為に行なう「目的、目標に辿り着く為の手段」です。
そしてそれ故に、努力とは自分だけの手段、方法であるという事でもある筈です。

本当にすべき「努力」とは-アニメから読み取った答え-

2015年5月31日付けの『プリンセスプリキュア』では、ヒロインが「努力をすれば私だけのプリンセスになれるかもしれない」と敵に言い放つシーンがある。
その敵は生まれながらのプリンセスであり、ヒロインを「そんなものはプリンセスではない、生まれついてなっているのが真のプリンセスだ」と主張するのです。
この意見はどちらも実際正しいとは思います。
王家に生まれた直系の女性はプリンセスに違いないし、自分が理想とする存在をプリンセスとするなら、その理想には自分なりの努力と研鑽によってしか辿り着けない。但し、何をプリンセスとするかの違いはここにはありますね。

自分の目指す理想に届くには確かに努力が必要である事は確かです。
しかしその事実に行き着く前に、周囲と同じレベルに立つ事や一定のノルマをクリアすることを「努力」と言い換えて教えこんでしまう功罪を、
我々はもっと考えなくてはいけないのではないでしょう
か。
闇雲な努力が結果として夢や目標を奪ってしまう危険性があるということを、私は主張したいのです。

 - エッセイ, 発達障害について ,