善意と悪意の二律背反について-発達障害に愚痴はよろしくない模様-

      2016/04/25

Pocket

tumblr_inline_nocfm6Pojk1qicz63_500

※過去ブログより転載、加筆修正※

などと重苦しく書いてみましたが、実際は発達障害だからこそ余計に起きる人間関係のややこしさの話。

愚痴は混乱を起こすきっかけになる

最初に言っておきたいのは、発達障害の人相手に悪意のある愚痴、悪口は言わないで欲しいということです。
私達は一つのイメージから次に切り替えるのが苦手で、かつ「悪い部分もあるけどあの人はいい人だ」と考える事に不得手を抱えています。
大概は一つのイメージだけで頭の中がいっぱいになるので、そのイメージだけで判断しなくてはいけないのです。
先 に悪いイメージが人に対してついてしまうと、どんな事をしてもそのイメージを書き換えられない、或いは時間がかかるのが私達です。
そして、言葉はちゃんと 覚えていてもそこに込められた意味までは推察出来ないのが私達なんです。
これが出来る人間だって居るには居ますけど、すごく疲れる事なんです。

これが先にいいイメージがある人に対して「○○さんは最悪!」なんて言われると、二つのイメージを共存させることが出来ないのもあります。
なので「どっちが正しいの?」と混乱してしまうんですね。本当はどっちもあってしかるべきなんですけど。

疲れている人に愚痴るべきではない(特に発達障害の場合)

悪意が分からないから悪意ある行動を起こしようがない、とは別の記事で言いましたが、
それと同じ位善意も分からないのが困った所でして、嘘か真実かを把握するのも一苦労なんですね、私達。
特に主語のない愚痴は困りモノです。
ヘタすれば自分に言われていると思ってしまいますし、何とか気の使える人になると「何とかしてあげるべきだ(自分も聞いてもらってるから)」なんて考えて、
余計に負担を抱え込んでしまう結果になることも多いのです。
私などは言葉から感情を読み取る、という事が何故か出来てしまうので、悪意や嫌な感じを文字から受け取ってしまってしんどくなってしまいます
(これは本当に少ない事例だと思いますけど)。
なんで、精神的に余裕がない場合は可能な限り知り合いや家族の愚痴、それも一方的な愚痴には付き合わないようにしてます。
唯でさえ余裕がない時に、判断材料を増やすのは手間が増えるだけで、生きていくのに困るんです。
私は幸い多面的にモノが見れるので、じっくり時間さえあれば、自分の視点で「あの人はこういう事もしたけど良いところもある」と納得する事は出来ます。
それが出来ない人に、上記の問題は精神的な部分を大幅に削るぐらいの大問題になることも多いんではないでしょうか?

そういう訳なので、せめて「身近でその人がお世話になってる人の愚痴」くらいは言わないであげて下さい。
多分その人を疑うような事になったら、生きていけなくなってしまう人も出てきてしまうんです。
定型発達者と違う発達障害故の人間関係の問題が、ここにある気がしてなりません。

 

追記:その後の心境の変化について

この記事の原案を執筆した当時、私はまだ生活の中で起きる問題の対処に忙しく、余裕がありませんでした。
精神的な余裕が出てきた現在、多少人の悩み相談、愚痴(と言っても客観的に見て言われる人に非がある内容の場合が多いですが)を聞くこともあります。
やはり精神的な余裕がない人にこそ、構わず愚痴をこぼすべきではないのだなぁと思いました。

 - エッセイ, 発達障害について ,